アラフィフ、捨て活を始める

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アラフィフの日々の暮らし。
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わたしには3人の子どもがいる。子どもと言っても上はもう30歳を超えている。3人とも家を出て、それぞれの場所で暮らし、うちには夫とわたし、2人の生活。

わたしたち夫婦はいわゆる「できちゃった婚(今は授かり婚っていう?)」だったので、夫婦2人の生活はここ2年ほど前から。

あの頃は、子どもたち抜きで暮らしていくことなど考えてもいなくて、ずっとこの賑やかさ・慌ただしさが続くと思っていた。

長男が結婚したころはそうでもなかったが、娘が結婚すると決まったころから夫婦2人の生活が現実味を帯びてきた。

うちの夫は、口数が少ない。子どもたちとわたしが常に騒がしくしている中、テレビを見ながら自分の世界に入っているような人。たまには代わってくれ!と言ったこともあった。

どんなに騒がしい中にいてもペースを保つ、マイペース、それが腹立たしいこともあったし、逆にありがたいと思ったこともあった。

こちらが話しかけなければ会話さえない、そんな夫とふたりで暮らしていけるのだろうか…、娘が嫁ぐと決まったあたりから常に頭にあることだった。

娘が嫁いで一年くらいが経った頃、次男が家を出ることになった。これで正真正銘、夫とふたりの暮らしが始まる。不安しかない。

実は、次男が家を出る一年ほど前、愛犬が星になってしまった。その日は珍しく、夫も次男も家にいた。娘も週末は仕事で忙しく、帰宅が遅くなることが多かったのに、その日は珍しく仕事が早く終わった。

クンと鳴きながらみんながいるところまでやってきた愛犬。座っている夫とわたしの間によたよたとやってきて横たわる。様子がおかしい。「息してない!!」と夫。そこからの記憶が曖昧。ただ、次男が娘にLINEを送り、娘が帰ってきてくれたところだけは覚えているのだが。

この子をわが家に迎え入れてからずっと頭の片隅にあった。いつか別れが来る。分かってはいてもこの時間が永遠に続くだろう、いや、続いてほしいという祈りのようなものだった。

愛犬との別れがきっかけになったのかもしれない。わたしの断捨離が始まったのは。

どれだけ愛しても、どれだけそばにいたいと願っても、「ずっと」はあり得ない。いつか終わり、別れがくると思い知らされた。

子どもたちの巣立ちも重なった。どれだけ愛していてもずっとそばにいることなんてできない。いつかは手が届かなくなる。何かしてやりたくてもできなくなる。

子どもたちにはそれぞれ家族ができた。自分の家族を優先するのが当たり前。親は見守り、祈ることしかできない。

生まれたころは何もかも手を出し口を出してきたが、大きくなるにつれ、手を出すことが減り、自分で選択できるよう、自分で始末できるよう、口を出さずに耳を貸すだけになっていった。

いろんなことが重なった。心がどこかに行ってしまいそうな、なんといえばいいか分からない孤独感に耐えられなくなったこともあった。

愛犬の死と子どもの巣立ちをきっかけに、遺された者が困らないよう、暮らしを整えておかなければいけないと思った。

初めに処分したのは雑誌や書籍。これはもうほとんどわたしのものだったが、子どもたちが使っていた教科書の一部がなぜか押し入れに入っていた。しまいこんでしまうと処分のきっかけが失われるな。ついでに押し入れからものを全部出してみたら、保育園に通っていた時に作った工作とか描いた絵とかが見つかった。スマホで撮影して「ありがとう」と伝えて処分。

次に、手を付けたのは食器棚。なんだかんだと使わないのに残していた食器。驚いたのは子どもたちが使っていた食器がまだ残っていたことだった。スマホで撮影して処分した。

子どもたちが来たときに…と思って残しておいた器も、100均でプレート皿買えばいいか。グラスもなんだかんだと買い集めたが、使っているもの以外はもう必要ないだろうと処分。保存容器もたくさんあったが、普段使いしているもの以外処分。

入らないから食器棚買い替えようかと思っていたが、中身の食器を処分したら全然余裕の大きさ。どれだけ使わないものに場所を与えていたのだろうか…。処分したからといって不自由さはない。むしろ食器棚の見通しがよくなって、残した食器をまんべんなく使えるようになった。

見通せるって大事。

次に、子どもたちが残していったものを処分することにした。いつか使うだろう、戻ってきたときないと寂しいだろうと、断捨離しつつも手をつけられずにいたものたち。

まずは長男のものから。家を出て10年以上経つのでそれほど多くはなかったけれど。次に娘のもの。一度目の断捨離である程度のものは処分したが、思い出のものは一か所にまとめて娘に見てもらってから処分しようとしたけれど、「いいよ、処分して」と呆気なく。

最後に次男のもの。これも一応処分していいか分からないので念のため一か所にまとめて「処分したらだめなものは取り出して」と連絡したけれど未だに手をつけてくれていない。

夏ごろまで置いて、連絡なければ処分しよう。

思い出が詰まったものひとつひとつに「ありがとう」を伝えながら、残しておきたいものはスマホで撮影して処分した。スマホで撮影した写真はDVDに。

子どもたちが泊まるときに必要だろうと、義母からいただいた木綿の布団。圧縮袋に入れて押し入れにしまっていたけど、泊まるなら近くのホテルをとってやったほうが気兼ねなく過ごせるだろうと思い切って処分した。もし家に泊まりたいと言われればレンタル布団もあるしね。

次男の部屋で大量の小銭を見つけ、集めたらすごい数になって。銀行で両替してもらおうとしたら、枚数によって手数料がかかるようになったことを初めて知った。手数料がかかるのかと両替を辞めようかと思ったけれど、これだけの小銭を使うことは難しいので、両替してもらうことにした。

結果、5000円ほど(手数料を引いて)になって、夫とふたりで楽しむ晩酌の焼酎となった。

捨て活する上で困るのがやっぱり服だと思った。量が多いし重い。リサイクルショップに持って行ってもよかったんだけど面倒なので処分。ほとんど着ていないコート類はメルカリにでも出そうかと思っている。

捨て活・断捨離していく中で思ったのが処分する物の量。これだけ使わなくなった、着なくなったものが家にあったのかと思うとぞっとした。捨て活生活を始めて、「ものを買う」という行為自体も見直すことができた。

処分すると空きスペースが増える→ものを買うという流れもなくなった。処分する労力とものを買って使う労力・収納スペースなどを秤にかけると、圧倒的に処分する労力が上回る。

捨て活して初めて、ものを買うという行為そのものを見直し、本当に必要か検討するようになったおかげで、今あるものたちは「本当に必要なもの」だけになった。

ものを処分することに対するうしろめたさは確かにあった。もったいないという気持ち。もったいないのは事実、だけど、捨て活して思ったのが、なくても大丈夫なものって結構あるということ。

捨てて整理したことで、ものを見て「ほしい」と思っても「家にあるもので代用できないか」をまず考えられるようになった。整理したおかげで何があって何がないのかが分かるようになったからだ。

処分にかかった労力、整理するためにかけた時間。

それのおかげで手放すことに対する勇気みたいなものを手に入れられたような気がする。そして、自分がもっているものを把握できたことで、自分の処理できる・管理できる量を越えてものを得ようとすることもなくなったような気がする。

本当に必要なものを選び、それを大事にする。当たり前のことだけどなかなかできずにいたことができるようになってきたような気がする。

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