年齢を言い訳にしちゃいかんなと反省した話

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今朝の「あさイチ」、プレミアムトークのゲストは「若宮正子さん」。以前から82歳でアプリ開発を始めた方として知ってはいたのですが、お話している姿を見たことがなく。こんな声でこんな話し方をされるんだと。

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若松正子さんのお話をテレビで拝聴して思った

番組の中でもおっしゃっていましたが、お話している様子を見させていただいていると、堂々と…いや、凛とされているなと。

今では、アプリ開発だけではなくITの楽しく使ったり、生き方みたいなもだったりをお話しする講演も行っているとか。

何かをやりたいと思っても年齢を言い訳にしている自分…

最近、どこかで「年齢」を言い訳にしている自分としては、耳が痛い内容もあったのですが、こういう方がどんどん増えれば、年齢を重ねても輝くことができるかも…と希望のような、期待のような気持ちが沸き上がります。

若松正子さんの著書、「老いてこそデジタルを」。

わたしは書店で働いているので、この本が入荷したとき、迷わずシニア向けの棚に並べました。が、中身をサラッと確認すると、彼女がデジタルを生かした暮らしを営んでいる様子が書かれている中に、(これは年齢を気にして進みたいのに進めない人にも読んでもらいたい)と思い、話題書の棚に移動させました。

シニア世代と呼ばれるには少し抵抗を感じる50代のわたしは、何か見つけても口を出てくるのは「もう少し若かったら」。

覚えられないのも新しいことに取り組むことができないのもすべて年のせい。

年齢というのは抗えないもの、自分ではどうしようもないもの、みんな平等に衰えていくもの。

だからこそ、「できない」言い訳に使うには持ってこい、なのです。

でも、心のどこかで「できない言い訳」をしている自分も許せないというか、認めることができないというか…。

やりたいかも…と思うことがあっても、つい結果を考えてしまい、できないでいる自分を描いてしまう。できない自分を見たくない、そんな感情もあったりして。

昔は「やりたい」と思えば、その感情に素直に行動していたのに、今の自分は、やりたいことをやって芽が出ない、結果を出すことができない、そんな自分を見たくないから、行動する前に頭で結果を出すようになってしまいました。

おそらくそれは、経験値です。経験してきたことがあるから、先に頭で考えてしまう。頭で考えることを優先してしまう。自分でも気づいています。

そんな自分を知りたくない、認めたくないから、「やりたい」と感じたことから目を背ける。

若松さんの著書を読むとそれが身に染みてきます。今よりも若かった自分とは違ってしまっている自分に気づいて少しですが落ち込みました。

この年齢だからこそ取り組める。嫌なら辞めればいい

この年になれば、周りからああしろとかこうしろとか、それほど言われなくなりますし、自分がやりたいと思うことをやったところで何も言われないし、関心を持たれることもないだろうと思います。

二の足を踏んでイライラしたり落ち込んだりするのは自分だけ。それも分かっています。

やりたいことをやろうとして、やったところで芽が出なくても、誰にも迷惑をかけることはないし、迷惑をかけないように行動するための知恵も持っているように思います。

だったらやってみればいいじゃん、と、この本を読んで背中を押してもらったような気になりました。自分らしく、それが一番難しいと知った今だからこそ、自分の感覚に正直に行動してみてもいいんじゃないかと。

インタビュー記事の中で若松さんはこうおっしゃっています。

何かに取り組むとき、勇気と決断なんて、本当はいらないんですよ。やりたい気持ちだけでOK。それにね、私がプログラミングしたところで誰も死なないし、狭いアパートでくさや(干物)を焼いてご近所に迷惑かけるようなことでもないし、嫌になればやめればいいわけでしょう?
引用 くらし情報『世界最高齢プログラマー若宮正子さん(86歳)に聞く「人生100年時代の子育て②ITとのつきあい方、子どもとの向き合い方」』 2021年11月13日 10:03 世界最高齢プログラマー若宮正子さん(86歳)に聞く「人生100年時代の子育て②ITとのつきあい方、子どもとの向き合い方」

もう極限ですよね…、そうなんですよ、いやになれば辞めればいいんですよね。辞めたところで誰にも迷惑をかけないのであれば…。

ウン十年ぶりに通信講座を受けてみることにした

で、まだ届いていないのですが、ウン十年ぶりに通信講座を受けてみることにしました。今まで経験したことがない分野。正直、できる気がしません(笑)

ただ、やってみたくなったんです。

子どもたちが巣立ち、それぞれの暮らしを成り立たせている今なら。

子どもたちを育てるという役目を終えたからこそ、結果を求めず、取り組めるような気がしました。

娘には、できるの?と言われましたが…。

この老いてこそデジタルをという若松正子さんの著書を読ませていただいたときは、痛いところを突かれたようで眩しすぎるわ!わたしには無理だ…と落ち込んでしまいましたが、そうならなければいけないというような押しつけがましいところはないんです、むしろ、楽しめることを楽しみましょうと手を取ってもらえているような感覚。

こういう「先輩」がいらっしゃることに感謝ですよね。今の自分を受け入れ、らしくいこうと精力的に活動されている様子に勇気をもらいました。

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