親離れ、子離れ

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親子 アラフィフの日々の暮らし。
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子どもを産み育てていく中でいつかは訪れる「子離れ」の時期。いろんな人が子離れについて語る様子を見ていて、自分は大丈夫、子離れなんて簡単にできるわ、くらい思っていた。

現実は意外とそうではない、そんなことを実感することになったのは長男の就職。長男の就職が決まり、寮生活へ向けて準備しているとき。

こういうとき、つくづく思うのが一番上の子というのは子も初めてなら親も初めての出来事だということ。自分も親と離れて暮らすときには通った道なんだけど、自分のときとは勝手が違い、ましてや時代も違う。朧げな記憶と長男の行動の遅さについイライラする日々。

いよいよ明日から寮生活という日には、やっと明日でこの騒がしい日々から抜け出せる、そう思ってさえいた。

寮に長男と荷物を持って向かい、部屋を整理しながら、あれが足りない、これが足りない。持って来るものはなに?なんていうやり取りをして、寮の近所で晩御飯を食べて別れた。

帰りの車中は夫と二人。

訳もなく流れてくる涙。何か話そうとするんだけど言葉が出て来ず、代わりに出るのは涙だけ。

あ、わたし寂しかったんだ…。そこで初めて気がつくことになった。

慣れない寮生活に加えて慣れない仕事。毎日のように携帯電話が鳴る。面倒だなと思う気持ちよりも嬉しかったんだと思う。それを悟られたくないからと平然を装う。そしてどこかで、まだ自分がいなくちゃいけないよね、なんて思ったりもしていた。そんなところで存在意義のようなものを感じようとしている自分にすこし呆れながら、一緒に暮らしているときよりも長男との会話が増えていること、声だけで何かを感じ取りながらも、励まし時に叱咤した日々。

そのうち、彼も彼なりに生活に慣れ、電話の回数が減った。彼女(今の奥さん)も出来てますます連絡を取らなくなった。便りの無いのは良い便り、とばかり、家に残る次男と長女、夫とそれなりに暮らしていた。

そして、いよいよ今度は娘が家を出ることになった。

彼女にとっては初めてでもわたしにとっては2度目の巣立ち。少しは慣れているつもりだった。

もわっとした感情を忙しさにかまけて無かったことにし、あれやこれやで娘からヘルプのLINEが来るたびにいそいそと出掛ける。新生活に向けてドキドキする気持ちや不安な気持ちを交互に行ったり来たりする彼女に振り回される日々。

つい、口出ししたくなるのをぐっと抑え、彼女から聞かれたことにだけ答える。本当はもっと言いたいことがあるんだけど。本当はもっと心配な気持ちを口にしたいんだけど。

気にしちゃいないよ、大丈夫、何かあれば戻ってくればいいし、いや、戻るのは最終手段。最終手段があること、それだけは忘れないで最終手段を使わずに済むよう努力しなさい、それだけは伝えた。

今朝、「お母さん」と呼ばれ振り返るといつもと違う表情の彼女がいて。

「お母さんってな、お父さんと2人若い時からずっとおるやん。なんかすごいな。こういうこと2人でやってきたんやな、誰も知り合いがいないところで。わたしなんてな、すぐ帰ってこれるやん、市内やし。でも、お父さんもお母さんも帰れんかったんやな。分かってたんやけどな、そんなこと。いま、なんかやばいな、うちの親って思うわ。マジ尊敬するわ」

泣くわ、そんなこと言われたら…と思いながらも

「そやろ、だから大丈夫やねん、あんたは。わたしらの子やから大丈夫。心配はしてるけどそれはここにいたときと変わらん。帰れる家があるって思って思いきりやってみればいい。心配はするけど信用してるし」

と返した。

いま、1人家にいて。娘が仕事に行ってるときの1人とはまた違うもんだな、と感じている。油断すると泣いてしまいそうになる。本当はいろいろ整理したいんだけど、まだちょっと心の整理ができずにいる。

やっぱり寂しいんだ。あまりにも呆気ない自立への第一歩だったから。彼女は子どもたちの中で一番行動力があって、自分で何でもやってのけてしまうところがある。今回の話もあっという間に段取りしてしまっていた。わが子ながらあっぱれな行動力だ。

やっぱり勢いよね、と。子の自立も親の子離れも。

とはいえ、子離れできてるかは子どもにしか分からないのかもしれないね。

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